2007年08月22日 (水) | 編集 |
この夏も、総合文化会館にて写真展が開催されていました。
「昭和の浦河 星正栄の写し撮った風景VOL3」
「若松のとうさん」の愛称で親しまれていたという星正栄さん(昭和53年死去)が残した貴重な写真の数々の中から選ばれた写真でした。
これも、その一枚。
昭和39年頃の浦河駅の風景
「信金職員の見送り」 資料提供 浦河町郷土博物館

今から40数年前の浦河町の貴重な風景写真です。
写真右側の後方にご注目!
現在の消防署や浦河町役場がある場所は、埋め立てして現在のような地形になっていますが、もともとはこのような風景の海で遠浅の砂浜が続いていました。
今は「築地」ですが、そのころは「シベリア街道」と呼ばれていたように思います。
車社会に変わった今では想像もつきませんが、こんなに大勢の人々が、浦河駅のプラットホームにあふれる時代があったのですね。
背景の貨物列車は石炭を運んで来たのでしょうか。
かつて、鉄道が果たした役割の大きさをも教えてくれる写真です。
マルセイニュース33号より
「昭和の浦河 星正栄の写し撮った風景VOL3」
「若松のとうさん」の愛称で親しまれていたという星正栄さん(昭和53年死去)が残した貴重な写真の数々の中から選ばれた写真でした。
これも、その一枚。
昭和39年頃の浦河駅の風景
「信金職員の見送り」 資料提供 浦河町郷土博物館

今から40数年前の浦河町の貴重な風景写真です。
写真右側の後方にご注目!
現在の消防署や浦河町役場がある場所は、埋め立てして現在のような地形になっていますが、もともとはこのような風景の海で遠浅の砂浜が続いていました。
今は「築地」ですが、そのころは「シベリア街道」と呼ばれていたように思います。
車社会に変わった今では想像もつきませんが、こんなに大勢の人々が、浦河駅のプラットホームにあふれる時代があったのですね。
背景の貨物列車は石炭を運んで来たのでしょうか。
かつて、鉄道が果たした役割の大きさをも教えてくれる写真です。
マルセイニュース33号より
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